障害者とは
昨日のクロ現は障害者19人が殺傷されたあの事件について。
NHKはこんなサイトを立ち上げていて、誰でも意見が書き込める。
この事件、時間が経っても人をひきつける何かがあるのは、被害者が障害者で、
犯人の理由が「障害者は役立たたない、社会の荷物、生きているだけムダ」という、みもふたもないが、自分でもちょっとはそう思ったフシがあるような…アンタッチャブルな領域にずばり切り込んできたからこそ、
忘れたくても忘れられない事件になっていると感じる。
クロ現のゲストだった森達也監督が
「自分は障害者を差別しているつもりはないが、役に立っているとは思えない」というような一般投稿に対して、
「役に立つとか立たないで判断している時点で、犯人の理論に取り込まれている」と言っていて、はっとさせられた。そうだよね、、その理論でいけば、健常者だって役立たずはいっぱいいるでしょ。
生きてるだけで丸儲けと、さんまは言った。
森監督も、「人間に役立つも役立たないもない、生きてるだけでいい悪いも無い」と言っていたけど、本当にその通りだと思った。
何が普通で普通じゃないのか、そんなのただの多数決。多い人が普通とされているだけ。その数はいつか逆転するかもしれない。自分だっていつかその少数になるのかもしれないって、そういう想像力(というか私にとっては恐怖ですが)ないの?
この事件が起きたとき、「障害者は何のためにいるのか」的な議論が盛り上がったことがあって、その中でいくつか印象的な回答があったので、ここにも残しておこう。
でもこの知恵袋、2011年なんだよね。この回答者何者なん。。
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